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東京地方裁判所 平成7年(ワ)25143号 判決 1997年5月30日

主文

一  被告森正一は、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成二年三月一一日から支払済みまで年二割の割合による金員を支払え。

二  被告甲野太郎は、原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成八年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告甲野太郎に対するその余の請求及び被告鈴木治郎に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告に生じた費用の三分の一及び被告森正一に生じた費用を同被告の負担とし、原告に生じた費用の三分の一及び被告鈴木治郎に生じた費用を原告の負担とし、原告に生じた費用の三分の一及び被告甲野太郎に生じた費用を五分し、その四を原告の負担とし、その一を同被告の負担とする。

五  この判決第一項及び第二項は、仮に執行することができる。

理由

第一  被告森に対する請求

被告森は、公示送達による適式の呼出を受けたが、口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない。

《証拠略》によれば、被告森に対する請求原因事実をすべて認めることができる。

第二  被告鈴木、同甲野に対する請求

一  争いがない事実

原告が被告森に対して本件貸金をしたこと、被告鈴木が本件抵当権設定契約を締結し、本件登記が経由されていること、本件登記より先順位で本件仮登記が経由されていることは、当事者間に争いがない。

二  本件登記及び本件仮登記の経緯

1  右各登記が経由された経緯について、争いがない事実、《証拠略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一) 被告鈴木、同森は、武藤武雄から本件土地を持分各二分の一の割合で買い受けたが、本件土地の当時の地目が畑であり、農業者でない被告森に所有権移転登記をすることができなかったので、昭和六二年一〇月、被告鈴木名義に本件土地の所有権移転登記を経由した。

(二) 被告鈴木は、平成元年八月頃、被告森から、「本件土地についての被告鈴木の持分を買い取りたい、その代金一〇〇〇万円は原告から融資を受けて支払う」旨の申出を受け、これに同意した。

(三) 原告は、右と同じ頃、知人から被告森を紹介され、同被告から、「本件土地の持分二分の一を被告鈴木から買い取りたいので、その資金等として二〇〇〇万円を融資願いたい、被告鈴木は本件土地に抵当権を設定して被告森が融資を受けることを承諾している、本件土地につき農地法第五条の許可を受けることは容易であり、その許可を得た後本件土地を処分して融資金を返済する」旨の申出を受けた。

原告は、帯の縫製仕立業を営み、融資の経験がなかったが、被告森とともに本件土地を検分し、宅地への転用ができれば担保価値は十分であると考え、右申出を了承した。

(四) 被告森は、同年九月初頃、被告甲野に対し、本件土地につき条件付所有権移転登記を申請したいので、同年一〇月四日にその手続のため同被告の事務所を訪れる旨告げた。

(五) 原告、被告鈴木は、被告森の依頼により、同被告とともに、同年一〇月四日、被告甲野の司法書士事務所に赴き、本件登記の申請手続及び本件抵当権設定契約の契約書の作成を被告甲野に委任した。被告甲野はこれを承諾し、抵当権設定金銭消費貸借契約書を作成し、原告、被告森、同鈴木がこれに署名押印した。右契約書には、被告鈴木が本件土地につき、「第壱順位の抵当権を設定」するとの条項のほか、「債務者(被告森)または担保提供者(被告鈴木)は、債権者(原告)の書面による承諾なしに、抵当物件の所有権を移転し、またその上に他物権、賃借権を設定し、その他抵当物件の現状を変更するなど、債権者に損害を及ぼすおそれのある一切の行為をすることができないものとします。」との条項がある。

その際、被告森は、被告甲野に対し、本件仮登記の申請手続を委任し、本件土地につき農地転用の手続が進行中であり、同手続を先にしたいとの理由で、本件仮登記を本件登記の先順位とすることを求めた。被告甲野は、原告及び被告鈴木に対し、本件仮登記を先順位とすることにつき意思を確認したが、右両名はこれに異議を述べなかった。その際、原告は、「農地のままでは担保価値がないので、早く所有権移転登記をして、貸金を返済して欲しい」と述べた。これに対し、被告甲野は、本件仮登記が本件登記より先順位でされた場合の法的効果について説明をしなかった。

被告甲野は、被告鈴木から本件土地の登記済証、同被告の印鑑登録証明書(同月四日付け)二通を受領し、原告及び被告森の委任状各一通、被告鈴木の委任状二通を作成し、それぞれ委任者の署名押印を受けた。

右手続終了後、原告は、被告森に二〇〇〇万円を交付し、被告森は受領した二〇〇〇万円の中から八〇〇万円を本件土地持分代金の一部として被告鈴木に交付した。

(六) 被告甲野は、同月六日、右受領書面を用いて、本件仮登記を先順位として、本件仮登記及び本件登記を申請し、同月一六日、原告に対し、右各登記が記載された本件土地の登記簿謄本及び本件登記の登記済証を原告に送付した。

(七) 原告は、数日後、右登記簿謄本を見て、本件登記とともに本件仮登記がされていることを確認したが、被告森が農地転用の許可を受けた後本件土地を処分して原告に本件貸金を返済するとの約束であったので、特に問題を意識せず、何らの措置を執らなかった。

(八) 被告森は、平成二年五月、本件仮登記に係る条件付所有権を車田英二に移転する登記の申請手続を被告甲野に委任し、同被告は同月一八日、その旨の登記申請手続をした。その際の被告森の説明は、権利者を車田に変更することにより農地転用手続が容易になるというものであり、被告甲野はこれを信用して、原告に対し通知する等の措置は執らなかった。

(九) 原告は、平成五年に本件抵当権に基づく競売を千葉地方裁判所に申請したが、平成六年六月頃、同裁判所係官から本件仮登記が優先するから本件登記に係る抵当権を実行しても意味がないとして、右申立の取下げを勧告され、本件仮登記が本件登記より先順位であることの法的意味を初めて知って驚いたが、結局右申請を取り下げた。その後、被告森は、本件貸金を返済しないまま、所在不明となった。

2  原告は、平成元年一〇月四日の被告甲野の事務所での手続に際し、本件仮登記の申請は全く話題にならず、原告が本件仮登記を本件登記より先順位で申請することを承諾したことはないと主張し、《証拠略》中には、これに沿う部分がある。

しかしながら、前記二に認定の各事実(殊に被告鈴木が各二通の印鑑登録証明書及び委任状を被告甲野に交付し、被告森から八〇〇万円を受領したこと、原告が被告森から本件土地の農地転用許可後これを処分して本件貸金を返済するとの申出を受け、これを承諾していたこと、被告甲野から本件登記及び本件仮登記が記載された本件土地の登記簿謄本を受領した際、その内容を確認したが、右返済方法の合意があったので、特段の措置を執らなかったこと)及び被告甲野、同鈴木の反対趣旨の供述、陳述書に照らすと、原告の主張に沿う前記証拠は採用することができない。

三  被告鈴木、同甲野に対する請求の可否

1  右二に認定、説示したところによれば、原告は、本件仮登記が本件登記より先順位で登記された場合の法的効果を十分理解していなかったとはいえ、被告森の説明を信じて、先順位で本件仮登記の申請をすることを承諾したものと認められる。したがって、被告鈴木及び同甲野が同森と共謀して、原告の承諾を得ないで本件仮登記を申請したとの原告の主張は、失当である。

2  本件貸金及び本件抵当権設定契約の契約書に原告主張の条項があったことは前記二1(五)のとおりであるが、原告は本件仮登記を先順位で申請することを承諾していたから、本件仮登記の申請が被告鈴木の債務不履行であると言うことはできない。なお、被告鈴木が原告に登記の順位に関する理解不足があったのを知っていたことを認めるに足りる証拠はない。

3  司法書士は、他人の嘱託を受けて登記に関する手続について代理すること等を業務とし(司法書士法二条)、「業務に関する法令及び実務に精通して、公正かつ誠実にその業務を行わなければならない」(同法一条の二)ものとされている。そして、司法書士は、登記の申請手続の委任を受けた場合には、委任の本旨に従い、当該登記の原因となる契約等の目的が委任者の意図のとおり達成されるように、善良な管理者として注意をする義務がある。右注意義務は、司法書士が登記権利者及び登記義務者双方から登記申請手続を受任した場合においても、同様である。したがって、委任者の一方又は双方から、登記申請手続に関し特定の事項について指示があった場合においても、その指示に合理的理由がなく、これに従うことにより、委任者の一方の利益が著しく害され、申請の原因たる契約等により当該委任者が意図した目的を達成することができない虞があることが明らかであるときは、司法書士は、当該委任者に対し、右指示事項に関する登記法上の効果を説明し、これに関する誤解がないことを確認する注意義務があると言うべきである。

右により被告甲野の行為を検討すると、被告甲野は、本件登記の申請手続を受任した際、本件貸金及び本件抵当権設定契約の契約書の作成をも委任され、本件登記の申請手続の委任と同一機会に本件貸金が実行されたことを知っていたから、本件登記の目的が本件貸金の返済を確保するためであることを知悉していたものと認められる。そして、本件仮登記を本件登記より先順位で申請することに関する被告森の説明は、本件土地についての農地転用手続を急ぐ必要があるというものである。しかし、本件登記を本件仮登記より先順位としても右手続に支障が生じる事態は通常生じないから、右説明は不合理であること、本件仮登記が先順位とされると、本件登記が本件貸金の担保として機能せず、原告が本件貸金の弁済を受けられない可能性が大であることは、登記に関する法令の知識のある者にとっては自明の理である。したがって、被告甲野は、前記のような注意義務がある者として、原告に対し、本件仮登記を先順位とすることの法的効果を説明し、原告に右の点に関する誤解がないかどうか確認する義務があったというべきである。被告甲野が右の説明、確認をしなかったことは、前記二1(五)に認定のとおりであるから、被告甲野には本件登記の申請手続を受任した者として、債務不履行があるというべきである。

4  前記二に認定の事実及び《証拠略》によれば、原告は、本件仮登記が本件登記より先順位で登記されることの法的効果を理解しておれば、本件貸金を行わなかったものと認められるから、原告は、被告甲野の右債務不履行により、本件貸金の元本二〇〇〇万円相当の損害を受けたものと認められる。

他方、原告は、前記二に認定のとおり、被告森の説明を信じて本件仮登記を先順位で申請することに同意し、被告甲野から本件登記及び本件仮登記が記載された登記簿謄本を送付されて、本件仮登記がされていることを知った後、直ちに本件貸金を回収する措置を講じなかったところ、右は原告の過失と言うべきである。そして、これまでに認定、説示したところによれば、右損害の発生に関する被告甲野と原告との過失の割合は、被告甲野が二割、原告が八割と認めるのが相当である。

したがって、被告甲野は、前記債務不履行による損害賠償として、原告に対し、前記損害額二〇〇〇万円の二割に相当する四〇〇万円及びこれに対する債務不履行の後である平成八年一月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

第三  結論

よって、原告の被告森に対する本訴請求はすべて理由があるから、これを認容することとし、被告甲野に対する本訴請求は右の限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから、これを棄却することとし、被告鈴木に対する本訴請求はすべて理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について、同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 細川 清)

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